夕暮れが差し始めた校舎の中庭。
静かな風がベンチの周囲を通り過ぎ、少しだけ乾いた落ち葉を舞わせる。
藤原は校舎裏のベンチに座り、膝の上で手を組んでぼんやりと空を眺めていた。
放課後の静けさが、今日の疲れをゆっくりと癒してくれる。
そのとき、不意に影が差す。
「おや、今日は彼はいらっしゃらないのですか?」
落ち着いた声が耳に届き、藤原は顔を上げる。
そこには、ベンチの背もたれのすぐ後ろにいつものように凛とした姿勢で立つ小林の姿があった。
あえて隣に座ろうとはせず、少し距離を置いたその立ち位置が、小林という人物らしかった。
「あっ、小林くんだ。うん、藤堂くんは生徒会の仕事があるからね」
藤原が微笑みながらそう答える。
「フッ……ということは、つかの間の休息、といったところでしょうか」
「んー、まあそうかな。彼ったら綿密にスケジュール立てて私となるべく一緒にいようとするのよね。本当によくやるなって思っちゃう。
あんまり私にかまけないでやることはやってね、とは言ってるんだけど……」
少し笑いながらそう言う藤原に、小林は目を細めて小さく息を吐く。
「本当にあなたにお熱なようですね……いえ、あなたはよくやっていますよ。
あんな生意気なクソガキと一緒にいられるなんて、私には無理ですから」
あまりにあけすけな物言いに、藤原は思わず笑ってしまった。
「アハハ、すごくストレートに言うね…。
でも小林くんの普段の苦労を考えると、文句も言いたくなるよね……いつもごめんね」
「いえ、私も少し言いすぎました」
言葉を収めた小林の声には、ほんのわずかな照れが滲んでいた。
「私も正直、よくわからないんだ。
向こうから興味を持たれて、そのままなんとなく一緒にいて……
でも、彼を見てるとほっとけないのよね。危なっかしくて」
藤原が小さく息をつくと、小林はわずかに頷いた。
「まあ、あれだけ好き勝手に周りを巻き込んで何かを画策していますからね……
今も何を考えているのやら」
「……でもね、藤堂くんは……護くんは純粋に“より良くしよう”って頑張ってるんだよね。
そしてそれを達成することで、“自分はすごいんだぞ”って証明したいみたいなの。
お家のネームバリューなんて関係ないんだって、そう思いたいんだよ」
小林は黙ったまま、藤原の横顔を静かに見つめている。
「自分は藤堂家の名前がなかったら何もないんじゃないかって、不安だからああなってるような気がするのよね。
……そんな彼の、脆くて弱そうなところや、一生懸命なところを直近で見ていたら……なんだか、好きになってたみたい」
藤原は少し照れたように笑い、小林の様子を伺う。
「……そうですか」
低く呟かれたその言葉には、否定も肯定もない、ただ受け止めた静かな重みがあった。
「あっ、長々とごめんね。すごいベラベラと……」
「いえ、大丈夫です。あなたが彼を想う気持ちは、よく伝わりましたから」
「えへへ、そう言われると恥ずかしいな……」
藤原が口元に手を当てて照れると、小林はふっと小さく笑った。
「……彼と付き合っていくのはとても大変かと思いますが、あなたなら上手くやっていけるのかもしれません。今後も頑張ってください」
「うん!頑張るよ〜」
ベンチの背もたれから離れ、静かに一礼し、何も言わずにその場を後にした。
藤原から少し離れた先で、小林はぽつりと呟く。
「フフッ……本当に面白い人だ」
ほんの少しだけ口元を緩めたその呟きは、淡く消えていく風に紛れて、誰の耳にも届くことはなかった。